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高松高等裁判所 昭和31年(ネ)329号 判決

控訴人(第一審原告) 須崎信用金庫

被控訴人(第一審被告) 高知県米穀卸協同組合

主文

原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。

第一審被告は第一審原告に対し金三十七万円及びこれに対する昭和二十八年五月二十六日以降、金二十万円及びこれに対する昭和二十八年六月十一日以降各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第一審被告の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とする。

事実

第一審原告代理人は主文同旨の判決を求め、第一審被告代理人は、原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す、第一審原告の請求並びに控訴を棄却する、訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とすると、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、認否、援用は、第一審原告代理人において、仮に第一審原告(以下単に原告という)の従来の主張がすべて理由なしとするも、第一審被告(以下単に被告という)は原告に対し不当利得返還の義務を免れない。即ち被告は被告の須崎営業所長市川楠蔵から、原告が二回にわたり同人に貸付けた合計金二百八十三万九千円を受取り同額の利益を得た一方、原告は高知県信用農業協同組合連合会における同額の預金の減少を来したものであるところ、もし右市川楠蔵に被告を代理する権限がなかつたとすれば前記貸付は被告に対しその効力を生ぜず、ひつきよう被告は法律上の原因なくして原告の財産により金二百八十三万九千円を利得しこれがために原告に同額の損失を及ぼしたものというべく、しかもその利益は被告に現存するものと推定せられるから、右金員及びこれに対する昭和三十三年六月十四日(準備書面による請求の翌日)から完済まで年五分の割合による金員の支払を求めると述べ、立証として甲第十一、第十二号証、甲第十三号証の一、二、甲第十四号証の一ないし九を提出し、証人竹崎新、同市川安一、同堀内仁蔵の各尋問を求め、乙第六、第七、第十号証の各成立を認め、乙第八、第九号証の各一、二、乙第十一号証は何れも不知と述べ、第一審被告代理人において、本件手形は二通とも振出人名義は被告自体ではなく高知県米穀卸協同組合須崎営業所であり、その肩書住所として須崎営業所の住所が記載されているのであるから、かかる手形記載からすれば被告自体が振出人でなく、高知県米穀卸協同組合須崎営業所なる独立の人格なきものが振出人であつて、手形面記載の解釈の厳格性の原則に照しかかる手形は無効である。仮に市川楠蔵個人振出の手形として有効なりとすれば原告の本件における何れの主張も失当である。原告は不当利得を主張するけれども、被告は市川楠蔵から、その費消横領金の一部弁済として金額百八十五万円及び金額九十八万九千円の小切手二通を受領したもので、これを受領するについて悪意はもとより重大なる過失がないから、小切手法第二十一条により右小切手の権利を取得し、従つてこれを右弁済に充当しても弁済は有効で、法律上の原因なくして利得したものではない。市川楠蔵は右小切手二通を原告から騙取したもので、金員を騙取したものがこれを以て自己の負担している債務を弁済した場合、弁済を受けた債権者にして善意無過失なる限り民法第百九十二条の規定により直ちに右弁済金の所有権を取得し、弁済は有効で債権はこれにより消滅するを以て債権者は何等不当に利得したものでないことについては、既に大審院の判例が存すると述べ、立証として乙第六、第七号証、乙第八、第九号証の各一、二、乙第十、第十一号証を提出し、証人明神万吉、同西本助一郎の各尋問を求め、甲第十一、第十二号証、甲第十三号証の一、二は何れも不知、甲第十四号証の一ないし九はすべて成立を認めると述べたほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

原審並びに当審証人竹崎新、原審証人市川安一(第一回)の各証言によりその成立が認められる甲第一、二号証、甲第三号証の一ないし四、甲第四号証の一ないし六(甲第三号証の二、甲第四号証の四の各裏面は被告においてその成立を認めている)に右証言を綜合すれば、訴外市川楠蔵は被告組合の須崎営業所長在任中、昭和二十七年十二月二十日原告に対し、高知市所在の被告組合の主たる事務所(以下被告組合の本部という)に送金せねばならぬが未だ集金ができていないから金百八十五万円を貸して呉れと手形貸付を申込み、支払期日同月二十五日、振出人被告組合須崎営業所長市川楠蔵、金額百八十五万円の約束手形一通を振出し交付して、原告から金百八十五万円を借受けたが、期日に支払をせず翌昭和二十八年四月一日に至り右約束手形を書替え、振出日同日、支払期日同年五月二十五日、支払地振出地共高知県須崎町、支払場所須崎信用金庫、金額振出人何れも前同様の約束手形一通(甲第一号証)を振出し原告に差入れ、つぎに同年三月十八日玄麦の買入資金に必要だから金百万円を貸してもらい度いと原告に手形貸付を申入れ、支払期日同年四月二十三日、振出人前同様、金額百万円の約束手形一通を振出し交付し、原告から期日までの利息を差引いた金九十八万九千円を借受けたが、期日に支払をせず同年五月一日に右約束手形を書替え、振出日同日、支払期日同年六月十日、金額百万円、支払地、支払場所、振出地、振出人何れも前同様の約束手形一通(甲第二号証)を振出し原告に差入れた事実が認められる。

原告は右手形を支払期日に呈示したが何れもその支払がえられないから本訴で請求すると主張し、被告は訴外市川楠蔵には被告組合を代理して手形を振出す権限がなかつたのであるから請求に応じ難いと争うので案ずるに、原審並びに当審証人西本助一郎、同明神万吉の各証言によれば、右訴外市川楠蔵は被告組合に代つて手形を振出す権限を与えられていなかつたことが明らかであるから、右手形は何れも権限のない者が振出したもので、その限りでは被告に支払義務はないといわざるをえない。

ところで、原告は被告組合須崎営業所は実質的に被告の支店であり、同営業所長市川楠蔵は商法第四十二条所定のいわゆる表見支配人であるから、同人の振出した本件手形については被告にその支払の義務があると主張し、被告は被告組合は中小企業等協同組合法に基き設立された事業協同組合でありその存立の目的が限定されているのであるから、商行為はするが商人ではない、従つて商法第四十二条の適用はないと争うので案ずるに、被告組合が中小企業等協同組合法による事業協同組合であることは、原審証人明神万吉の証言によりその成立を認められる乙第一号証の一ないし三により明らかである、ところで同法第四十四条によれば、同法による組合は参事を置くことができ、参事については商法第三十八条第一項及び第三項第三十九条第四十一条並びに第四十二条の規定を準用することになつているから参事の名称を附した使用人でなくともいやしくも組合の業務の主任者であることを示す名称を附した使用人の行為につき商法第四十二条の規定の準用があるものと解するのが相当である。被告組合には右商法第四十二条の規定の適用ないし準用がないと主張する被告の抗弁は採用し難い。

よつて訴外市川楠蔵の本件手形振出行為につき商法第四十二条の規定を準用すべきかどうかについて審究するに被告組合が米麦その他雑穀類の仕入販売を業とする法人で高知市駅前町六二の一五三号地に本部を置き須崎市その他高知県内十数箇所に営業所を設けていること及び訴外市川楠蔵が昭和二十六年四月頃より同二十八年六月頃まで被告組合須崎営業所の所長をしていたことは当事者間に争なく、而して前記乙第一号証の一、二、三、成立に争のない乙第六号証、当審証人西本助一郎の証言によりその成立を認めうべき乙第八号証の一、二、原審証人竹崎新の証言によりその成立が認められる甲第五号証の一ないし六(但し同号証の二の裏面は成立に争がない)、同市川安一の証言(第二回)によりその成立を認めうる甲第十号証、当審証人市川安一の証言によりその成立が認められる甲第十一、第十二号証に原審並びに当審証人竹崎新、同市川安一の各証言、同西本助一郎、同明神万吉の各証言の一部を綜合すれば、訴外市川楠蔵は前記協同組合法にいう参事ではない、けれども被告組合に雇われ同組合須崎営業所において所長として部下職員を指揮監督し、主として組合の業務である米の配給とこれに伴う集金事務に当つており、本部えの送金、必要経費の支弁、職員給料の支払などのため、被告組合の前身食糧公団須崎支所当時より取引のあつた原告信用金庫に普通貯金と当座預金の各口座を設け、本件約束手形以外に須崎営業所長名義を以て昭和二十六年中に三回、昭和二十七年中に四回、極めて短期ではあつたが手形貸付を受けたことがあり、又被告組合本部の指示によるとはいえ、須崎営業所名を以て管内農業協同組合より玄麦を買入れ或いは生産者より唐黍類を買付けていた事実も認めえられるから、右須崎営業所は単なる売店、派出所の類ではなく(この認定に反する上記西本助一郎、明神万吉の各証言の一部は採用し難い)厳密な意味において被告組合の従たる事務所でないにしても少くとも商法第四十二条の準用に当つてはこれを同条にいう支店に準ずる従たる事務所と認めて差支えなくまた右須崎営業所長という名称が同営業所の業務の主任者であることを示すべき名称に当ることはここに多言を要しない。そして一般に営業所長の名義使用を許された者と取引する第三者が、右所長にその営業所の取引に関する代理権ありと考えるのは当然であつてそれ故にこそこの第三者の信頼を保護するため商法は民法表見代理の規定のほかに右第四十二条を制定したものと解せられるのである。これを本件について見るに原告信用金庫が食糧公団須崎支所当時から引続き被告組合須崎営業所と預金の取引をなしその間、既に七回に亘り同営業所長市川楠蔵名義をもつて振出された手形により金員を貸付けたが無事その回収が為されたことは上記認定のとおりであつてこれらの各取引及び本件各約束手形の振出につき原告が同訴外人に被告組合を代理する権限があるものと信じていたことは前記証人竹崎新同市川安一の各証言に徴し明らかであるから訴外市川楠蔵は被告組合須崎営業所のいわゆる表見支配人と認むべく従つて原告信用金庫に民法表見代理についていわれる過失があつたか否かにかかわりなく被告組合は右訴外人が須崎営業所長名義をもつて振出した本件手形につきその支払の義務を辞することはできない。被告は本件手形は二通とも須崎営業所の振出名義であり独立の人格者が振出したものでないから何れも無効である旨主張するが、右手形はいわゆる表見支配人市川楠蔵が振出したものと認めるべきであること上記認定のとおりであるから、被告の抗弁は採用し難い。

然りとすれば、原告が被告に対し金二百八十五万円及び内金百八十五万円に対する昭和二十八年五月二十六日以降完済に至るまで、内金百万円に対する同年六月十一日以降完済に至るまでそれぞれ年六分の割合による金員の支払を求める本訴請求は、その余の点につき判断を用いるまでもなく、正当としてこれを認容すべきであつて、被告の本件控訴はその理由がない。原判決は右と異なる理由を以て原告の請求を一部認容し、その一部を棄却したけれども、右棄却の部分は失当であり原告の本件控訴は理由があるから、この部分を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 加藤謙二 白井美則)

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